働くとは何か 三人目のレンガ職人とMBAコンサルタント|『魔法使いの弟子たちへ―格差と分断の時代に贈るもう一つの会社の物語』

<第三章 概要>

本章では、複数の寓話とハンナ・アーレントの「労働」「仕事」「活動」という概念を通じて、人間が働く意味を考察する。

労働は大きく、「人間的労働」「非人間的労働」「市場的労働」にわけられる。「非人間的労働」は支配や懲罰による労働であり、「市場的労働」は契約に基づく取引としての労働である。「市場的労働」は労働を「商品」と見なそうとするが、現実には労働を人間から切り離すことはできない。自由な契約の形をとっても、実際には力関係や生活の制約が入り込む。

「人間的労働」は、生きるための「労働」、残すための「仕事」、つながるための「活動」に分けられる。「仕事」と「活動」は人間に誇りをもたらす営みである。

本章では、「労働のバランスシート」という概念も提示する。バランスシートの右側の「負債」は、労働の元手となる今の自分を形づくったすべてのもの。左側の「資産」は、それらを使って生み出した価値である。

人間の労働は、負債を資産に換えて未来へと受け渡していく行為であり、「受け取ったもの」と「受け渡すもの」のバランスをとらなければならないという本能が、人間の働くエネルギーを生み出す。

労働のバランスシートでは、負債の貸し手が特定できないがゆえに、誰に返済するかは働く者に委ねられている。これが人間の「労働の自由」である。

受け取ったものを受け渡す。それを受け取った者が、また同じことを繰り返す。世界はそうして、均衡を保ちつつ発展していくのである。

三人はそれぞれ一人になって、静謐な暗闇の中を歩いていた。先ほどまでの対話の余韻が、まだ頭の中にしっかりと残っている。
冷たい空気が心地よく肌を刺激して、三人を次の問いへと導いていく。

人はなぜ働くのだろう。
答えはまだ見えない。

観人はビジネスマンとしての軌跡をたどり、アリスは人間の営みを哲学的に見つめ、テレスは物質に命を吹き込む職人として、それぞれに働く意味を考えていた。

やがて短い散歩を終え、三人は元の場所に戻ってくる。あのキツネが、すべてを見通すまなざしで、静かに三人を待っている。

観人のつぶやきから、再び対話が始まる。

十億円をもらったら

観人:「社会に出て、会社で働き始めてから四十年が過ぎた。その間、私はずっと競争の中で生きてきた。私にとって働くとは、自分が周囲に認められ、昇進し、収入を増やすことだった」

テレス:「ご家族を養う必要もあったでしょう」

観人:「もちろん、それもあった。ただ、会社は安定していたし、普通に働いていれば給料はもらえた。将来への不安もさほどなかったから、『家族を養わなければ』と強く意識することはあまりなかったんだ」

アリス:「でも、一生懸命働いてきたのは、競争に勝つためだけだったんですか?」

観人:「いや、そういうわけじゃない。たしかに競争は大きなモチベーションだった。でも、それだけではなかった」

テレス:「じゃあ、やっぱりお金のためですか?」

観人:「もちろん、お金は大切だ。生活の基盤だし、選択肢も増える。多少の贅沢もできる。でも、それだけでもなかった」

アリス:「私は哲学を学んでいますが、お金が目的なら、哲学者という仕事はあまりお勧めできません」

テレス:「私も似たようなものです。哲学者ほどではないにせよ、職人もお金を稼ぎたい人には向いていない」

アリス:「そしてどちらも、競争が好きな人にも向かないですね」

観人:「私は、哲学者にも職人にも向かないタイプだが、お金や競争のためだけに働いてきたわけじゃない。今では、もうそれほどお金が必要なわけでもないし、誰かに勝ちたいとも思わない。それでも私は働き続けている」

アリスが、少しいたずらっぽい表情で尋ねた。

アリス:「観人さん、もし宝くじで十億円が当たったら、どうします? それでも働きますか?」

観人:「おそらく、働くだろうね。十億円あれば、何ひとつ不自由のない余生は送れるだろうが……」

アリス:「テレスは?」

テレス:「もちろん働くよ。お金は生活に必要な分だけあれば十分だし、それ以上は使いきれない。それに、靴を作る楽しさは、お金では買えないしね」

アリス:「私も同じです。お金を稼ぐこと。哲学を深めること。どちらも『働く』には違いないけれど、私にとってはまったく意味が違います」

観人:「我々三人は、どうやら死ぬまで働き続けそうだな」

三人のレンガ職人とNASAの清掃員

アリス:「観人さん、『三人のレンガ職人』っていう話、ご存じですか?」

観人:「聞いたことはあるけど、詳しくは知らない」

アリス:「中世ヨーロッパの、ある町でのお話です。三人のレンガ職人が黙々とレンガを積む作業をしているところへ、通行人が近づいてきて、『何をしているんだい?』とたずねたんです」

テレス:「知っている。一人目の職人は『レンガを積んでいるんだよ』と答えた」

アリス:「そうです。では、二人目は?」

テレス:「二人目は、『家族を養うために働いてるんだ』と答えた」

アリス:「その通り。そして三人目。これは私に言わせてね。三人目の職人はこう答えたんです。『すばらしい大聖堂を建てているんだ』」

観人:「なるほど。言いたいことはよく分かるよ。私はといえば…そうだな、二・五人目のレンガ職人かもしれない。二人目よりは上、でも三人目には届いていない…」

アリス:「では、もう一つ。同じような話ですが、『NASAの清掃員』というお話があります」

観人:「ああ、それは聞いたことがある」

アリス:「NASA、視察でアメリカ航空宇宙局を訪れたジョンソン大統領が、たまたま廊下で楽しそうに掃除をしている清掃員を見かけました。不思議に思って、『どうしてそんなに楽しそうに掃除をしてるんだい?』と尋ねると、清掃員は『私は、人類を月に送る手伝いをしているんです』と答えました」

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三人のレンガ職人とNASAの清掃員

テレス:「三人のレンガ職人に似た話だね」

アリス:「そう。この二つの寓話が伝えているのは、同じ仕事でも、どう意味づけるかで、働く意欲が大きく変わるということです」

観人:「そうだね。でも、三人目のレンガ職人とNASAの清掃員は、なぜそんな目的意識を持てたのだろう?」

テレス:「本当ですね。レンガ職人は三人とも同じことをしているのに、見えている世界は大きく違う。どうしてでしょう?」

ハンナ・アーレントの「人間の条件」

そこで、キツネが三人の会話に加わってきた。

キツネ:「ハンナ・アーレントの考え方が、一つのヒントになります」

テレス:「ハンナ・アーレント…。名前は聞いたことがある。たしか、ユダヤ系ドイツ人の女性哲学者でしたよね」

アリス:「そう。ナチスの迫害を逃れてアメリカに渡った。全体主義を糾弾し続けた女性です」

キツネ:「そうです。そのアーレントは、人間の営みを、『労働』『仕事』『活動』の三つに分類しています」

観人:「労働、仕事、活動?」

キツネ:「はい。言葉づかいが少し独特なので、分かりやすく言い換えると、『労働』は、生きるために毎日繰り返すこと。食べる、火を起こす、掃除をする。そういう行為です」

テレス:「やらないと生きていけないこと、ですね」

キツネ:「そうです。しかも成果は残りにくい。今日きれいにしても、また明日汚れる。だからずっと続く」

観人:「終わりのない作業だね」

キツネ:「次の『仕事』は違います。何かを作って残すこと。道具、家、道路、法律、芸術など、作られたものはしばらく世界に残ります」

テレス:「私の靴づくりは『仕事』ですね」

キツネ:「はい。そして『活動』は、他者と関わりながら世界をつくることです」

観人:「それが一番わかりにくいね」

アリス:「たぶん、対話や協働を通じて社会が形づくられる、ということを言っているのですよね。成果は形のある物よりも、関係や秩序として残る」

キツネ:「その通りです。アーレントは、この三つを人間が人間であるための条件だと言いました」

テレス:「三人のレンガ職人に当てはめると、一人目は『労働』でしょうか、それとも『仕事』でしょうか?」

観人:「レンガを積んではいるが、自分が何かを作っているという意識はないから、おそらく『労働』だ。ただ作業を繰り返しているだけ」

テレス:「二人目はどうでしょう?」

アリス:「二人目も『労働』ですね。彼も家族の生活のために働いていて、何かを残そうという意識はない。家族の生活のためであっても、家を建てようとか、旅行に連れて行こうとか、何かを残そうという目的で働いているなら『仕事』になるかもしれない。まあ、『労働』と『仕事』の中間かしら」

観人:「三人目は『活動』だね。大聖堂という建物を建てるだけなら『仕事』だが、彼は数百年後にその大聖堂に人々が集い、祈りを捧げる姿を思い描いている。つまり、未来の社会を創っているんだ。それが大きな違いだ」

アリス:「そうですね。レンガを積む現在の自分と祈りを捧げる未来の人々がつながっている。大聖堂を通じて社会が形成されていく。これはまさに『活動』です」

観人:「『人はどうすれば働く意味を見出せるのか』というテレスの問いの答えが見えてきたね」

テレス:「食べるため、贅沢するため、『より多く消費する』ためだけでなく、表現し、痕跡を残し、他者とともに未来を創っていく。それが人間が働く意味なのですね」

キツネ:「この三つは、人間が人間であるための条件なのです。どれが欠けても人間たり得ない」

アリス:「とても厳しいですね。でも、人間への希望と深い愛情も感じます」

観人:「そうだとすると、私は人間たりえていなかった、ということかもしれない。人間でない自分への違和感が、私をここに連れてきたのかな」

観人の言葉にキツネは深くうなずいた。

人間的労働・非人間的労働・市場的労働

キツネ:「『人はなぜ働くのか』という問いをもう少し掘り下げてみましょう」

そう言うと、キツネは地面に図を描きはじめた。

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人間的労働・非人間的労働・市場的労働

キツネ:「アーレントの『労働』『仕事』『活動』は、人間の本性に根差した行為なので、ここではまとめて『人間的労働』と呼びます」

テレス:「本能に近い、ということですね」

キツネ:「ええ。生きるための『労働』、残すための『仕事』、つながるための『活動』。ざっくり言えば、三つの違いはそういうことです」

キツネが続ける。

キツネ:「『活動』は、誰かと一緒に何かを成すことです。『助かった』と言われたり、信頼が積み上がったりする」

テレス:「それが誇りになる」

キツネ:「ええ。『仕事』も作品を残す誇りはあります。けれど、『活動』は、さらに深いところで人を動かします」

アリス:「他者からエネルギーをもらえるから、ですね」

キツネ:「しかし、労働には『非人間的労働』と『市場的労働』もあります。『非人間的労働』は奴隷や罪人の労働で、懲罰や支配によって強制されるものです」

テレス:「そんな働き方は絶対にしたくないですね。では、『市場的労働』は?」

キツネ:「市場的労働は、合意の上で条件を決めて働く。だから自由な取引に見えます」

テレス:「見える、とは?」

キツネ:「生活がかかっていると、簡単にやめられませんし、『代わりはいくらでもいる』と言われれば、対等な交渉にもなりにくいからです」

観人:「契約の形は対等でも、力関係は対等じゃない。だから、労働を『商品』と言い切るのは、実態を捻じ曲げることになるね」

キツネ:「そういうことです。労働には人間そのものが含まれるので、完全に切り離すことはできません」

観人:「あえて言うなら、業務委託や派遣はそれに近いかもしれない。こうしたアウトソースが増えているのは、社会全体に労働の商品化が広がっている証拠だね」

キツネ:「商品を持ち寄って値段だけで取引するなら、市場があれば足ります。でも、会社は市場ではありません。人が育つ、信頼が積み上がる、責任を引き受ける。そういう目に見えない営みが会社には必要だからです」

アリス:「つまり、会社は『人間的労働』の器でもある、ということですね」

キツネ:「そこが市場との決定的な違いです」

もう一つの寓話

アリス:「もう一つ、おもしろい寓話があるんです。紹介してもいいですか?」

観人:「もちろん。どんな話だい?」

アリス:「メキシコの漁師と、MBAを持つアメリカ人のコンサルタントの話です」

観人:「ああ、それは聞いたことがある。最後のオチが、なかなか考えさせられる話だ」

テレス:「私は知りませんが、何かおもしろそうですね」

アリス:「では、テレスのために、あらすじをお話ししますね」

MBAの資格を持つアメリカ人のコンサルタントが、休暇でメキシコのある小さな漁村にやってきました。朝の海辺をのんびり散歩していると、浜辺で一人の漁師が小さな船を引き上げていました。船には、一匹のマグロが積まれています。漁師は、まだ若く、真っ黒に日焼けして、頑健な体つきをしていました。

コンサルタントは、何気なく話しかけます。

コンサルタント:『今日の漁は、それだけですか?』
漁師:『ああ、そうだよ。家族が食べるにはこれで十分さ』
コンサルタント:『どうしてもっと長く海に出て、もっとたくさん魚を獲らないのですか?』
漁師:『必要な分が獲れたら、それでいいんだ。あとは家に帰って、子どもと遊び、妻と昼食をとり、夕方には村の仲間とワインを飲みながらギターを弾く。とても充実した毎日だよ』

するとコンサルタントは、興奮気味に語り始めます。

コンサルタント:『あなたに助言しましょう。あなたは大きなチャンスを逃している。もっと長く漁に出れば、もっと多くの魚が獲れ、収入も増える。そうすれば、大きな漁船が買える。人を雇い、複数の漁船団を持てば、やがて魚の加工工場も建てられる。さらに本社をメキシコシティに移し、いずれはアメリカに進出し、ニューヨーク市場に株式を上場することも夢ではない』

漁師は目を細めて尋ねます。

漁師:『で、そのあとは?』
コンサルタント:『そのあとは、莫大な富を手に入れて五十代で引退できます。海辺の村に家を建て、朝はゆっくり寝て、子どもと遊び、奥さんと昼食を楽しみ、夕方には友人たちとワインを飲んで、ギターを弾いて過ごすんです』

すると、漁師は肩をすくめて言いました。

漁師:『それなら、私はもうやってるよ』

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メキシコの漁師とMBAコンサルタント

テレス:「はは、そういうことか。豊かな人生には必ずしも成功やお金は必要ない、という教訓だね」

観人:「最初にこの話を聞いたとき、私もそう思った。たしかに、わかりやすい寓話だが、どうもそれだけの話じゃない気もするんだ」

テレス:「というと?」

観人:「漁師にも、コンサルタントにも、どちらにも共感できない。どこかしっくりこないんだよね」

アリス:「観人さん、私もそうなんです。この寓話を持ち出したのは、そのしっくりこない理由を一緒に考えたかったからです。でも、さっきのキツネさんの話を聞いて、ピンときました」

テレス:「なんだろう?」

アリス:「『誇り』です。この話に登場する二人とも、働くことに誇りを感じていないのです」

テレス:「なるほど。たしかにそうだ」

アリスは続ける。

アリス:「私たちは、十億円が当たっても働き続けると言いました。その理由を突き詰めていくと、きっと『誇り』に行き着くと思うんです」

観人:「アリス、そこだよ。この話がすっと腹に落ちなかったのは、何か大事なことが欠けているように感じられたからなんだ」

アリス:「三人目のレンガ職人とNASAの清掃員には、大聖堂で祈りを捧げる家族や、月面に降り立つ宇宙飛行士、偉業を見つめる世界中の人々のまなざしが見えていた。他者とつながりが彼らの誇りになっているのです」

テレス:「コンサルタントにも漁師にも、それはない。それでも、漁師の労働には、家族の生計を維持するという『人間的労働』の側面がある。一方のコンサルタントの労働は、労働を富や成功と交換するための手段と捉えている。要するに『市場的労働』に近い」

観人:「働くことにどんな意味を見い出すかで、人生の風景はまるで違ってくるということだね」

「労働のバランスシート」

キツネ:「最後に一つ、『美しい労働』について、お話ししてもいいでしょうか?」

テレス:「美しい労働、ですか…。あまりピンとこないです」

アリス:「第十四代ローマ皇帝のハドリアヌスの、『私は世界の美しさに責任を負っている』という言葉を連想しました。それに近いですか?」

キツネ:「はい、近いと思います」

テレス:「労働と美しさは、どうつながるんでしょう?」

キツネ:「少し前に貸借対照表の話をしましたよね。覚えていますか。右が調達した資金、左はそれが資産に換わったもの」

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貸借対照表(バランスシート)の構造

テレス:「左右の金額が一致するから『バランスシート』と言う」

キツネ:「働くという行為も、この構造とよく似ているんです」

観人:「労働がバランスシートに似ている?」

キツネ:「はい。労働も同じように説明できます。右側が『受け取ったもの』、左側が『生み出したもの』です」

キツネが続ける。

キツネ:「たとえば、あなたが誰かの困りごとを解決し、感謝されたとしましょう。その感謝や信頼は、目には見えませんが、あなたの資産になる」

テレス:「わかります」

キツネ:「では、その『困りごとを解決する』という行為を支えたものは何でしょうか? 立場や責任、過去の経験や教育、培ってきた能力かもしれません。あるいは、両親から受け継いだ優しさや、育った環境による価値観。そういうものかもしれない。そうした『元手』があるから、あなたは誰かの力になれた。その結果として、感謝や信頼という『資産』が増える」

テレス:「うーん、なるほど。元手があるから誰かの力になれる」

キツネ:「そこで生まれた『信頼』という資産を使って、また次の仕事をする。そうして、価値ある資産が少しずつ増え、バランスシートが成長していく。これが社会が豊かになっていくということです」

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労働の構造

テレス:「ハドリアヌスは、皇帝の立場や権力を享受するだけではなかった。重い責任を背負い、それを全うすることで帝国の平和を実現しようとした」

キツネ:「そうです。もちろん、バランスシートの大きさは、人によって違います。与えられた元手や立場、生まれ育った環境は一人ひとり違う。でもそれでいいのです」

アリス:「大切なのは、左と右、つまり、受け取ったものと受け渡すものの均衡が取れていることですね。そのバランスを、ハドリアヌスは『世界の美』と呼んだ」

観人:「しかし、現実には左右のバランスの崩れている人がたくさんいる。だから、社会のバランスも崩れてしまう」

テレス:「たしかに」

キツネ:「そして『労働のバランスシート』では、右側の負債と資本の貸し手や出資者が誰なのかがはっきりとわかりません。ここが、会社のバランスシートとの決定的な違いです」

アリス:「それは、どういう意味ですか?」

キツネ:「アリスさん、あなたは哲学を誰から学びましたか?」

アリス:「学校の先生、両親や友人、そしてたくさんの本から、ですね」

キツネ:「そのうち、どの知識を誰から、どれだけ受け取ったか、正確に言えますか?」

アリス:「いえ、言えません。多くの人から、気づかないうちに、たくさんのものを受け取っていました。」

キツネ:「そうですよね。会社の場合は貸し手も出資者も明確です。しかし人間の場合は、労働の元手を誰から受け取ったのかを正確に特定することができません。社会、自然、顔も名前も知らない誰か。知らず知らずのうちに、多くのものを受け取っている。その元手があるから自分があるのです」

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労働のバランスシート

キツネが続ける。

キツネ:「でも、負債は弁済されなければなりません。受け取ったものは受け渡す。そして、それを受け取った人は、また同じことを繰り返す。世界はそうして、均衡を保ちつつ発展していくのです」

アリス:「負債を未来に返済する。バランスを保たなければならないという本能が、働くエネルギーを生み出す…」

キツネ:「そして、もう一つ大事なのは、誰に弁済するかは自由に決めていい、ということです」

テレス:「誰に返すかは自由に決めていい…」

アリス:「それは、『労働の自由』という意味ですか?」

キツネ:「そうです。人間であることの責任とともに、人間に委ねられた自由です。どう働き、誰に、何を、どのように返すのかを選択する自由が人間にはある。私は、働くことの真の意味はそこにあると思います」

そこで、黙って考え込んで観人が静かに口を開いた。

観人:「そういうことだったのか」

さらに考えて、観人は続ける。

観人:「愛情、教育、助言、支援や協力、組織の知恵、挑戦の機会、時には失敗という経験…。それらはたしかに、誰かから受け取った私の負債だったんだ」

アリスと、テレスと、キツネが、じっと聞いている。

観人:「働いて、元手に価値を加えて、返済する。誰に返すかは、私自身が決める」

暗闇がかすかに鼓動する。それが大気の揺らぎなのか、それとも地中奥深くから届く大地の振動なのかはわからない。

観人の表情に生気が戻ってきた。

観人:「わかった。ようやく私は、あの回し車から降りられそうな気がする」


<注釈>

1.「MBAコンサルタントとメキシコの漁師」の話は、正確な原典は存在しないが、その由来は、ドイツのノーベル賞作家ハインリッヒ・ベルの短編『Anekdote zur Senkung der Arbeitsmoral(労働意欲減退のための逸話)』(1963年)だとされている。

まとめ

第三章 働くとは何か ~三人目のレンガ職人とMBAコンサルタント

  • 三人目のレンガ職人とNASAの清掃員は、自分の仕事に誇りを抱いている。しかし、メキシコの漁師もコンサルタントもそうではない。その違いは、働く行為と他者や未来とのつながりが見えているか否かである。
  • 労働には、「人間的労働」「非人間的労働」「市場的労働」の三つがある。「非人間的労働」は奴隷や罪人に強制される労働であり、「市場的労働」は労働を「商品」と見なして取引をする。
  • 「人間的労働」は人間の本能に根差している。ハンナ・アーレントの言う、生きるための「労働」、残すための「仕事」、つながるための「活動」にわけられ、「仕事」と「活動」は人間に誇りをもたらす。
  • 「労働のバランスシート」は、「受け取ったもの」と「受け渡すもの」の循環を表す。「受け取ったもの」は右側の負債であり、「受け渡すもの」は働いて創り出した資産である。負債には、他者・社会・自然から受け取ったもの、今の自分を形成したすべてのものが含まれる。
  • 「労働のバランスシート」では、負債の貸し手は特定できない。しかし、負債は弁済しなければ、バランスシートの均衡が崩れ、社会は歪む。
  • 誰に、何を、どう返すかは、一人ひとりの自由に委ねられている。それが人間の「労働の自由」である。

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