組織とは何か ヒエラルキーとネットワーク|『魔法使いの弟子たちへ―格差と分断の時代に贈るもう一つの会社の物語』

<第四章 概要>

本章では、「組織とは何か」という根源的な問いに対し、哲学・経済・歴史の観点を交差させながら、多面的に考察している。

組織は、要素である「人」、それぞれの「役割」、「機能の統合」という階層的な仕組みでできている。人類が地球の支配的存在となったのは、「多数の未知の相手と柔軟に協力できる能力」、すなわち組織を作る能力があったからであるというユヴァル・ノア・ハラリの見解が紹介され、アダム・スミスの衣料用のピンの生産の例を通じて、「強みを束ねる」(ピーター・ドラッカー)組織の力が明らかにされる。

組織には「命題」(目指すべきテーマ)があり、それが制度や文化といった「実行環境」の形成を方向づける。組織では「強制」「合意」「共感」という三つの方法で意思決定が行われることを、「塔」(縦のヒエラルキー)と「広場」(横のネットワーク)というメタファーを使って説明する。

終盤では、アダム・スミスが説いた「私益の追求」と「他者との適合」という人間の二つの内的欲求を、組織に作用する「遠心力」と「求心力」という概念で捉え直す。それらを矛盾なく調和させるのが、「理念」「価値観」「規範」「ルール」「制度」「情報」など、集団を束ねる「普遍的な重なり」である。「普遍的な重なり」は、個人の自由を制限するのではなく、自由を支える基盤となる。

アリス:「これまで『会社』や『働くこと』について考えてきましたが、次は『組織』の話ですね?」

テレス:「組織というのは、複雑で面倒くさいものだという印象があります」

観人:「人はなぜ組織で働くのか。組織は人間を幸せにするのか。そもそも、組織は絶対に必要なのか。そして、良い組織とは何か。多くの人が、組織と闘い、疲れ、悩んでいる。だから、組織にまつわるこうした問いを、改めて考えてみたいんだ」

アリス:「テレスも私も、組織には所属していません。だから、組織によって幸福を感じることもなければ、悩んだり、苦しんだりすることもないのです」

観人:「でも、アリスにも哲学を語り合う仲間がいるはずだし、テレスにも靴の材料を提供してくれる取引先がいるだろう。複数の人が協力して何かを成し遂げるという点では同じのはずだが、それと組織とは何が違うんだろう?」

テレス:「辞書にはこう定義されてますね。『組織とは、一定の共通目標を達成するために、成員間の役割や機能が分化・統合されている集団である』」

観人:「共通目標、成員、役割、機能、分化、統合、集団…。それはまあそうだろう」

アリス:「辞書にあるのが組織の構成要件だとすれば。それらが組織の中でどうつながっているかが大事ですね」

組織の構造 ~要素・役割・つながり・目標

三人の問いを前に進めるために、キツネがさりげなく助け舟を出した。

キツネ:「今の話は、図にするとこんな感じでしょうか」

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組織の要件と構造

キツネ:「組織の要件は、当たり前ですが、まず複数の人がいることです。これが、この図の一番下の『要素』です。次に、それぞれの人に明確な役割が与えられていること。これが真ん中の『役割』。そして、役割が機能ごとにまとめられ、相互につながっている。これが一番上の『統合・つながり』です。そして、全体が共通の目標に向かって協力し合う。これが組織の構造です」

アリス:「なるほど。組織の全体像ですね」

キツネ:「はい。繰り返しますが、正しい理解には全体像をつかむことがとても重要なのです」

観人:「この図を見ると、組織がうまく機能しない理由がよくわかる。人が足りない、役割が曖昧、機能がバラバラ、あるいは重複している。そもそも目標が何か誰もわかっていない、なんてこともある」

テレス:「良い組織はすべてが整っているのですね」

キツネ:「はい。組織に問題がある時は、この図のどこに問題があるのかを考えるということです」

組織の効果 ~分業、強み、物語

キツネ:「構造をおさえた上で、では組織はなぜ必要なのでしょう。この点について、イスラエルの歴史学者ユヴァル・ノア・ハラリが興味深い指摘をしています」

「多数の未知の相手と柔軟に協力できる能力が、人類を地球の支配者に押し上げた」

ユヴァル・ノア・ハラリ 『サピエンス全史』より

キツネ:「人類が地上で最も強力な存在になったのは、組織を作る能力があったからだ、とハラリは言っています。人類だけが、この特別の能力を持っていたのです」

アリス:「個々に見れば人間は弱い動物ですから、生き延びるためには互いに協力する必要があった」

キツネ:「そうです。そして、大規模な協力の仕組みを築いた。それは、現実には触れられない概念を共有することで可能になったのです。『物語』と言ってもいいでしょう」

テレス:「たしかに。概念が共有できれば、コミュニケーションは取りやすくなる」

アリス:「国家とか、お金とか、法律とか…。会社も物語の一つですね。会社というフィクションによって、人々は今までにない規模で協力できるようになった」

キツネ:「組織の力を考える上で、古典的な興味深い例があります。アダム・スミスの『国富論』に出てくる話です」

観人:「経済学の出発点と言われる有名な本だね。読んだことはないけど」

キツネ:「はい。そこに、衣料品を畳んで留めるピンを生産する逸話があります」

テレス:「経済学の古典にしては、ずいぶん単純な製品の話ですね」

キツネ:「はい。ピン作りには、針金を延ばす、切る、尖らせるといった細かな作業が十八もあるのですが、これを一人で全部やると、熟練工でも一日に二十本ほどしか作れません」

アリス:「なかなか大変そうな作業ですね」

キツネ:「ところが、その工程を十人で分業すると、一人あたり四千八百本ものピンを作れるようになった、とスミスは書いています」

観人:「四千八百本…? それはにわかには信じがたい。熟練工と比べても二百四十倍だよ。仕事を分担するだけで、そんな劇的な変化が起こるだろうか?」

キツネ:「実際に確認したわけではありません。しかし『国富論』にはそう書かれているので、おそらく信頼できる話だと思います」

観人:「理由はいくつか考えられるね。特定の作業に専念するから、腕が早く上がる。繰り返すからミスも減る。作業を切り替えるムダな時間もいらない」

テレス:「それにしても、驚くべき結果ですね」

キツネ:「ピーター・ドラッカーという学者は、『組織は強みを束ね、弱みを無意味にする』と言いました。このピン工場の話は、その一文をそのまま図解したようなものなんです」

アリス:「強みを束ね、弱みを無意味にする…」

アリスが、独り言のようにつぶやく。

キツネ:「人には誰しも、得意なことと苦手なことがあります。組織は強みを活かし、弱みは他の誰かが補う。だから驚くほど生産性が上がるのです」

キツネがまた、尻尾で地面に図を描き始める。

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分業の効果(筆者作成)

キツネ:「ある仕事に対して、AさんからKさんまで、それぞれに得意・不得意があるとします。もし、全員に得意なことだけを担当してもらえば、組織全体として『プラス七十一』の効果が出ます。逆に、不得意なことを担当させると、『マイナス七十一』になる。同じ人材でも、何をさせるかでこれほど差が生まれるのです」

観人:「しかも、得意なことなら楽しく取り組める。それを繰り返すことで、自然と生産性も上がっていくだろう」

キツネ:「もちろん、これはあくまでも理屈上の話です。現実の組織はそう単純ではありません。効果的な分業を行わせるには、作業や工程を分析し、得意・不得意を見極め、誰に何を担わせるべきかを決めなければなりません」

テレス:「たしかに、生産性を高めるには分業が効果的なのでしょうね。でも私は、短時間で大量の靴を作るよりも、時間をかけて一足一足を丁寧に作る方が好きです」

アリス:「職人の誇りとして、それは素晴らしいことだと思う。でもそれは個人競技と団体競技の違いみたいなもので、どちらが優れているというより、求められるものが違うのかなと思います」

テレス:「そうかもしれないね。小さな靴を作るのと大きな船を作るのでは、仕事の進め方は当然違うからね」

キツネの目が、かすかに光を放った。

キツネ:「でも、種目は違っても共通点はあります。良い組織も人に誇りをもたらします」

観人:「組織が誇りを? 逆じゃないかな。組織はたいてい、個性や人間らしさを奪ってしまう」

キツネ:「まあ、そう思うでしょう。でも、たとえばですが、プロのサッカー選手にプロ野球のチームで野球をさせたらどうでしょう。その人は自分に誇りを感じますか?」

観人:「どういう意味かな?」

キツネ:「当然、野球選手ほど上手にはプレーできません。結果も出ないでしょう」

テレス:「当然です。しかも、サッカー選手の下手な野球など誰も観に行かない。観客にとっても価値はありません」

キツネ:「サッカー選手はサッカーが得意だから上手にプレーできる。観客も感動する。だから選手は自分に誇りを感じることができる。でも現実には、多くの組織で、苦手なことをさせて、うまくできないとヤジを飛ばすようなことが行われています。選手の誇りを奪ったら、良い組織にはなりません」

観人:「なるほど。もしかすると、私もそういうことをしていたかもしれない。耳が痛いね」

キツネ:「いえいえ、観人さんを責めているわけではないので、気にしないでください。言いたいのは、組織と人間は実は親和性が高いものだということなのです」

テレス:「ハラリの言うように、人間だけが組織を作り、組織が人間社会を飛躍的に発展させた…」

アリス:「人がそれぞれの役割を持って協力する。キツネさんの話を聞いて、組織というものが少し好きになれた気がします。良い組織には良いマネジメントが欠かせないということも、よくわかりました」

組織の性質 ~組織は命題に従う

テレス:「働くとか、会社とか、表向きはただの経済活動に見えることも、実は哲学と深くつながっているんですね」

アリス:「私は経済の話が苦手なんですが、話を聞いていると自分の学びと重なる部分があって、少し驚いています」

観人:「そうだね。ただのビジネスマンだった私には見えていなかったことばかりで、すごく刺激的だ」

キツネ:「ここまでは組織の構造や効果の話でした。次は、性質について考えてみましょうか」

テレス:「性質ね…。なんだかだんだん人間の話に近づいてきますね」

キツネ:「そうです。ここまでは主に、組織の静的側面を見てきました。ここからは、動的側面の話になります。一つ目は、『組織は命題に従う』ということです」

テレス:「命題? 命令ではなく?」

キツネ:「はい、命題です。命題とは、利益を増やしたいとか、株価を上げたいとか、世界をもっと良くしたい、といった『目指すべきテーマ』のことです。組織には何らかの命題があり、それがその構造や文化、さらには行動のあり方を方向づけます」

テレス:「ふむふむ。たとえば?」

キツネ:「たとえば、ある企業が、『世界の市場で戦って、ナンバーワンになる』という命題を掲げていたとします」

観人:「よくあるタイプの会社だ。競争して、勝って、一番になるという」

キツネ:「その命題に必要な組織体制は、制度は、権限は、意思決定プロセスは、重視される人材は…。これらを『実行環境』と呼びます。命題が異なれば、実行環境も違うものになります」

アリス:「それが『組織は命題に従う』という意味ですね」

テレス:「今のケースだと、実行環境はトップダウンで成果重視的なものになりますか」

キツネ:「おそらく、そうでしょう。組織は上意下達のピラミッド構造、権限はトップに集中、意思決定はスピード重視。評価は数値目標が中心で、しかも短期。報酬は結果を出した人に報いる、競争型になると思います」

観人:「うん、例外はあるかもしれないが、その可能性が高いと思う」

キツネ:「では、別の会社は、『仲間とともに、社会の持続的な発展に貢献する』という命題を掲げていたとします。この会社はどうでしょう?」

テレス:「実行環境はボトムアップ型でしょう」

キツネ:「はい、おそらく。組織はフラット、現場の裁量を重視、権限は分散、多少時間はかかっても合意形成を重視。評価は、定量よりも定性で、行動やプロセスを重んじ、報酬も中長期の成長や貢献を前提とした体系になるでしょう。もちろん、あくまで一般論としてですが」

アリス:「そうだとすると、組織はその会社の命題と一緒に考えないといけないですね。命題を変えずに、組織だけを変えることはできない」

観人:「これも重要なポイントだ。組織を変えたければ命題を変えろ、か」

キツネが心地よさそうに目を細めた。

組織の意思決定 ~強制・合意・共感

キツネ:「さて、動的側面についてもう少し考えてみましょう。実行環境にも関わる話ですが、組織はどのように意思決定しているのでしょうか?」

テレス:「トップダウンか、ボトムアップか、あるいは、両者の折衷型でしょう」

キツネ:「それはスタイルの違いです。中身はどうなっていますか?」

テレス:「中身…?」

アリス:「トップダウン型なら、上意下達。皆が指示に従ってすばやく動く…」

テレス:「ボトムアップ型は、皆の意見を集めて決めていく。折衷型はその中間」

キツネ:「組織の意思決定の中身は、『強制』『合意』『共感』のどれか、またはその組み合わせです」

テレス:「『強制』『合意』『共感」…?」

キツネ:「そうです。『強制』は、議論せずに従うこと。根拠となるのは、権限に基づく指示・命令、所定のルールです。制度や手順なども含まれます」

観人:「ルールは当然必要だよね。あらゆることをいちいち議論して決めていたら、時間も手間もかかりすぎる」

アリス:「ただし、ルールや権限があらかじめ合意されていることが前提ですね」

キツネ:「その通りです。正当な合意や手続きに基づかないルールや権限は、ただの暴力ですから」

少し間をおいて、キツネが続ける。

キツネ:「次に『共感』。これは、命令や議論とは関係なく、感情が自然に一致することです。単に『わかる』だけでなく、心の奥でその感情に響き合うような、深い理解を意味します。当然ですが、強制によって共感を生み出すことはできません」

観人:「『面従腹背』という言葉があるけど、これが起きるのは、共感なしに命令や強制で人を動かそうとするからだね。共感のない組織は、遅かれ早かれ内部崩壊するだろう」

テレス:「組織の経験がない私でも、それはわかります」

キツネ:「最後に『合意』。人間社会には、共感はできなくても、話し合って決めなければならないことがたくさんあります。合意には、相手の意見を聞き、理性的に考える姿勢が不可欠です。何より大切なのは、対話の重要性を理解し、きちんと対話できる環境があることです」

テレス:「そうですね。対話がなければ、合意はあり得ません。共感はあり得るかもしれませんが。合意と共感のない組織は、強制で動かさざるを得なくなる、ということになりますね」

アリス:「『共感』は意思決定とは違うけど、組織を動かす重要な力であることは間違いないですね」

観人:「かといって、共感に頼りすぎても組織は機能しない。共感が必要なことを強制すると、信頼を失い、反発を招く。そして、強制すれば済むことまでいちいち合意を追い求めていたら、時間がかかり過ぎて疲れてしまう」

キツネ:「この三つを適切に駆使して意思決定を行う。それが組織を動かすということなのです」

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組織を動かす「共感」「強制」「合意」

アリス:「キツネさん、一つ質問していいですか?」

キツネ:「もちろんです。何でしょう?」

アリス:「話をしても合意できない。共感も感じない。かといって、自分は命令したりルールを定めたりする立場にない。そういう場合もありますよね。そんな時はどうします?」

観人:「たしかに。よくあることだ」

キツネ:「なかなか難しい質問ですね。その問いは、経験豊かな観人さんの方が適切に回答できるかもしれませんが、私なりの考えをお話しします」

アリス:「お願いします」

キツネ:「まず、十あるうちの一つでも、合意できる点がないかを探します。たいていの場合、問題はゼロか百かではありません。いくつ論点があるのかを見極め、一つでも二つでも合意できるところがあれば、そこから出発する。たとえわずかでもそれは前進です」

観人:「その通り。それは現実的で重要なアプローチだ」

アリス:「それでも合意できないことは、どうします?」

キツネ:「関心がないことにします」

アリス:「関心…ですか?」

キツネ:「はい。人と人との関係は、基本的に『関心があるか、ないか』です。そして関心がある場合は、好きか嫌いかという感情的な関心と、損か得かという利害的な関心に分かれます」

テレス:「そうですね」

キツネ:「『共感』は感情的な関心で、『合意』は利害的な関心です。一方、『関心がないことにする』というのは、感情的にも、利害的にも、相手と関係を持たないようにするということです」

テレス:「関係を断つということ…?」

キツネ:「『距離を置く』と言った方が正確でしょう。人間関係もゼロか百かではないので、関係をゼロにはできなくても、なるべく遠くに離れて、関わりを小さくする、という意味です」

アリス:「好きとか嫌いとか、損とか得とか、そういう関係から距離を置く、ということですね」

キツネ:「対立するのではなく、関心を持たないようにする。現実的には、そういう選択もあると思います」

観人:「強制か、共感か、合意か、それとも離れて距離を置くか。これは組織論にとどまらず、人間関係を構築する上での重要な示唆を含んでいるね」

アリスは黙って考えている。「そうかもしれないが、自分は無関心ではいたくない」。心の中でそんな思いと葛藤しているようだ。

塔と広場 ~ヒエラルキーとネットワーク

キツネ:「では、あらためて組織の動的側面に戻りましょうか。今度は『塔』と『広場』というメタファーを用いて、組織を動かす仕組みを見ていきたいと思います」

テレス:「『塔』と『広場』…ですか?」

観人:「中世ヨーロッパの町の中心には、必ず塔と広場があるね」

アリス:「古代ギリシャにも塔はあります。でもそれほど大きなものではありません。後の時代に、宗教や国家のような強い権力が確立されるにつれて大きな塔が増えていったのでしょう」

キツネ:「そのとおりです。塔は、権力や命令系統などのヒエラルキーの象徴です。一方の広場は、人々の交流の場であり、ネットワークを象徴しています。組織も、この二つの構造が影響し合いながら動いています」

観人:「塔は強制、広場は共感と合意とも言い換えられる」

キツネ:「そうです。組織はヒエラルキーだけでは息が詰まるし、ネットワークだけでは方向が定まらない。その二つがあって機能するのです」

そう言ってキツネは、また地面に絵を描いた。

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塔(ヒエラルキー)と広場(ネットワーク)

観人:「会社は、株主総会を頂点に、取締役会、部門、部、課、チーム、そして個人という階層に分かれ、それを権限・規則・制度が動かしている」

キツネ:「はい。それは組織の骨格であり、規模の大小によって多少は変わりますが、構造そのものは同じです」

テレス:「『強制』を行き渡らせる構造ですね」

キツネ:「こうしたヒエラルキーとは別に、組織には様々なネットワークが張り巡らされています。好きか嫌いか、損か得か、賛成か反対かなどの感情や利害関係が、縦の階層を超えて構成員をつなぎ合わせているのです」

アリス:「塔だけでも、広場だけでも、町は繁栄しない」

キツネ:「そういうことです。ヒエラルキーとネットワークの巧みな組み合わせが、『人類を地球の支配者に押し上げた』のです。この点は組織も基本的に一緒です」

遠心力と求心力 ~私益の追求と他者との適合性

観人とアリスとテレスは、黙って考えながらキツネの絵を眺めている。

キツネ:「実は、いちばん重要な話がまだ残っています」

テレス:「まだあるんですか? ずいぶんたくさん話してきたので、もう頭がいっぱいだな」

アリス:「私はまだ大丈夫。キツネさんに教えてもらってばかりで、私たちはほとんど聞いているだけですから」

キツネ:「もうちょっとだけ、辛抱して聞いてください。観人さんも大丈夫ですか?」

観人:「うん、さすがにちょっと疲れてきたけど、まだ大丈夫だよ。一番重要な話って、いったい何だろう?」

キツネ:「先ほどのアダム・スミスは、『国富論』の中でこう言っています」

「個人の自由な私益の追求が、本人の意図とは関わりなく、社会の調和をもたらす」

(アダム・スミス『国富論』より)

観人:「『神の見えざる手』という、あの有名な言葉だ」

キツネ:「はい。正確にはスミスは『見えざる手に導かれて…』と書いているだけで、『神の』とは言っていません。そこは、後の時代の人たちが誇張して広めてしまったのです。とはいえ、個人の自由な私益の追求が結果として社会の発展と調和をもたらす、という彼の主張の本質には変わりありません」

観人:「だから、スミスは市場原理主義の象徴みたいに言われている。『自由にさせればうまくいく』と」

キツネ:「でもスミスは、もう一つの本でまったく別のことも言っているんです。」

「いかに利己的に見えようと、人間の本能のなかには、他人の運命に関心をもち、他人の幸福をかけがえのないものにするいくつかの推進力が含まれている」

(アダム・スミス『道徳感情論』より)

テレス:「ちょっとわかりずらいです。これは何を言っているんですか?」

キツネ:「これは、人間は利己的に見えるが他人の運命に関心をもち、他人の幸福を自分の幸福の一部と感じるものだ、という意味です。彼はこれを、『他者との適合』と呼びました」

テレス:「なんだか、正反対のことを言ってますね。『私益の追求』と『他者との適合』…?」

アリス:「人間にはそのどちらもある?」

キツネ:「そうです。人は社会や組織の中で自己利益を追い求め、同時に他者とも共感し一体でありたいとも思っている」

テレス:「自己利益の追求と他者との適合。前者は『遠心力』で、後者は『求心力』」

アリス:「アダム・スミスの論に倣えば、人間集団である組織には、常に遠心力と求心力が働いているということになりますね」

観人:「誰にも縛られず自由でいたいという気持ちと、仲間と一緒に何かを成し遂げたいという気持ち。たしかに両方ある」

テレス:「でも、その二つは共存できるんでしょうか? どうも矛盾しているように思えますが」

キツネ:「スミス自身も、本の中ではその問いには答えていません。人間の重要な性質を見抜いてはいましたが、その二つがどう折り合いをつけていくかという道筋は示していないのです」

アリス:「自由と秩序は、哲学がずっと問い続けてきたテーマですから、簡単には答えは出ないでしょう」

キツネ:「自由についてはあらためて取り上げることにしましょう。ただ、組織の遠心力と求心力について言えば、この二つを共存させる方法はあります」

観人:「ある? それはぜひ聞きたい」

キツネ:「はい、あります。『普遍的な重なり』を作るのです」

普遍的な重なり

観人:「普遍的な重なり? 聞きなれない言葉だが…」

キツネ:「普遍的な重なりとは、組織に属する人たちが、個性や立場の違いを超えて受け入れ、拠り所とするもの。先ほどの『強制』『同意』『共感』の基となるものです」

テレス:「具体的には?」

キツネ:「一つ目は『理念』です。先ほどお話しした『命題』にも通じますが、その組織が何を目指して存在するのかを定義したものです」

三人は、キツネの説明にじっと耳を傾けている。

キツネ:「二つ目は『価値観』。何を良しとするかです。スピードを優先するのか、熟議を重んじるのか。個人の能力を評価するのか、チームの調和や連携を重視するのか。変化を求めるのか、安定を重んじるのか」

キツネ:「三つ目は『規範』。これは、明文化されずに『こうあるべき』と認識されている共通の価値基準です。『他者との適合』が積み重なって形成され、ややもすると同調圧力をもたらすこともあります」

キツネ:「四つ目は『ルール』。明文化された決まりごとで、国家で言えば法律、会社で言えば就業規則や業務マニュアルなどです。可視化され、具体的で、誰でも確認できるもの」

キツネ:「五つ目は『制度』です。理念・価値観・規範・ルールが具体的運用の形になったもの。評価制度、報酬制度、意思決定のプロセス、研修制度などが該当します」

キツネ:「そして最後、六つ目が『情報』。組織の状態、起きていること、過去における判断、世の中の動き。それらの情報が共有されることで、判断や行動の精度が高まります」

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遠心力、求心力、「普遍的な重なり」

キツネ:「『普遍的な重なり』によって、遠心力と求心力は互いの力を活かしあって共存できるようになります」

観人:「遠心力と求心力が互いを補完し合う…」

キツネ:「『普遍的な重なり』は、自由を閉じ込める柵ではなく、それを支える土台です。この土台がなければ、自由は宙に浮き、不安定になり、つながりを失う。私はそう考えています」

三人は黙ってキツネの言葉を頭の中で反芻している。

普遍的な重なり、理念、価値観、規範、ルール、制度、情報…。
自由を支える土台…。

少ししてアリスが口を開く。

アリス:「たしかに、ルールがなければ、自由は蹂躙され、破壊されるかもしれない。キツネさんの言葉に大きな勇気をもらった気がします」

テレス:「『普遍的な重なり』が揺らげば、自由も揺らぐ。組織も、会社も、国家も、そして社会も衰退していく」

観人:「自由と組織は支え合う関係にある。そんな視点は持ったことがなかったが、本当にそうかもしれない」

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「普遍的な重なり」が自由を束ねる

テレス:「人が組織で働く理由が、ようやく見えてきました。アリスが言っていた団体競技のおもしろさが、私にも少しわかってきた気がします」

キツネ:「皆さんが聞き上手なので、つい話し過ぎました。すみません。でも、組織が人間にとっていかに大切なのか、その一端でも伝わったならうれしいです」


(第四章完)


<注釈>

1.スコットランドの歴史学者ニーアル・ファーガソンは、2018年の著書『スクエア・アンド・タワー』で、歴史を「塔」と「広場」のせめぎ合いとして捉え直した。「塔」は、国家、帝国、企業、教会といった中央集権的な権力の象徴であり、「広場」は、市民同士の交流や取引を可能にする、水平的・分散型の社会的ネットワークを象徴している。ネットワークとは、家族、宗教運動、知識人のサークル、革命集団など、非公式で草の根的なつながりを指す。ファーガソンは、こうしたネットワークの力、「広場」の側が、実は歴史を動かしてきたのだと主張している。

まとめ

第四章 組織とは何か ~ヒエラルキーとネットワーク

  • 組織とは、共通目標を持つ人が、役割と機能を分担・統合して活動する集団である
  • 人類を地球の支配者に押し上げたのは、「多数の未知の相手と柔軟に協力できる能力」、つまり組織を作る能力だった(ユヴァル・ノア・ハラリ)
  • 分業によって、生産性は飛躍的に向上する(アダム・スミス『国富論』)。組織は「強みを束ね、弱みを無意味にする」(ドラッカー)
  • 良い組織は、人に誇りをもたらす
  • 組織は命題に従う
  • 組織を動かす力は、『強制』『合意』『共感』である
  • 「塔」(ヒエラルキー)と「広場」(ネットワーク)によって人間社会は発展してきた。組織も同様である
  • 組織には、遠心力(私益の追求)と求心力(他者との適合)の二つの力が作用している。どちらも人間の本能である
  • 「普遍的な重なり」(理念・価値観・規範・ルール・制度・情報)が、遠心力と求心力を束ねる
  • 「普遍的な重なり」は、個人を囲う柵ではなく、自由を支える土台となる

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