財務報告書の視点
テレス:「会社法は、目に見えない会社を、誰もが活用できるように整えた。それによって経済活動は活発になり、社会も繁栄した。この点は、しっかり押さえておくべきでしょうね」
観人:「それは、たしかに事実だ。ただ、ヒトでありモノでもあるという二重性や、等価性を欠いた株主の権利など、会社法のルールがフィクションの形をゆがめてしまった、という側面もある」
キツネ:「そうですね。そもそも、法律は世の中のすべてを定められないので、その隙間は、人間が考えることによって埋めていくしかないのです」
アリス:「それは、会社法に限らず、あらゆる法に通じる話ですね」
テレスがキツネに問いかける。
テレス:「会社法の次は、会計基準でしたね、その話を聞かせてもらえますか。会計も、会社を可視化するための、もう一つのルールなのですよね?」
キツネ:「はい、そのとおりです。会社がヒトだとすれば、会計基準は身体測定のルールのようなものです。その測定結果が財務報告書です」
観人:「なるほど、たしかに。財務報告書には、損益計算書、貸借対照表、キャッシュフロー計算書の三つがあるが、それらをまとめて財務諸表と呼んでいるね」
テレス:「財務諸表は、それぞれ何を示しているのですか?」
キツネ:「損益計算書が示しているのは、『この一年で何をしたか』です。つまり、過去一年の活動とその成果を、数字で表したものですね」
テレス:「なるほど。では、貸借対照表は?」
キツネ:「貸借対照表が示しているのは、その人が『どんな人か』です。そこからは、その人が裕福なのか、貧しいのか、健康か不健康か、何にお金を使っているのか、どんな生活スタイルなのかが見えてきます。もっとも、性格の良し悪しまでは、なかなかわかりませんが」
アリス:「それは人間も同じですね。ある程度一緒に過ごしてみないと、その人の性格までは、なかなかわからないものです」
テレス:「アリスにも、そう感じるような出来事があったのかな。まあ、それはさておき。キャッシュフロー計算書は、どうなんでしょう?」
キツネ:「そうですね。ひと言でいえば、『生きる力』でしょうか。キャッシュフロー計算書は、入ってくるお金と出ていくお金の流れを示しています。これがプラスであるかぎり、会社は生き延びることができます」

観人:「たしかに、派手な生活をしていても、実際は火の車という人もいるからね。損益計算書や貸借対照表は『お化粧』、つまり会計操作がしやすいけれど、キャッシュフローは、いわば『すっぴん』だ」
テレス:「私は、お化粧美人も嫌いじゃありません」
観人:「私もだ」
アリス:「そういう話は、男同士でお願いします」
アリスが苦笑して言う。
アリス:「財務諸表と聞いて、ちょっとむずかしい話かなと思いました。でも、『何をしたか』『どんな人か』『生きる力はあるか』ということなら、私にもわかりやすいです」
キツネは、アリスに褒められて、少しうれしそうにしている。
三日月と満月
キツネ:「ここまでは、いわば知識の話。知っていればそれまでです。でも、大事なのは、ここからです」
アリス:「考えるのは、これからなんですね」
テレス:「さっきの会社法と同じように、会計基準も会社をゆがめているんですか?」
キツネ:「近いですが、やや違います。会社法が、丸い形をゆがめているとすれば、会計のルールは、部分を全体のように見せている。そういう違いです」
アリス:「どういう意味かしら?」
テレス:「キツネさんは、謎かけが好きなんですね」
キツネ:「すみません、わかりやすく伝えたくて。たとえば、三日月を見せて、『月ってこういう形なんだよ』と説明する。そんなイメージです」
テレス:「ますますわからなくなった…」
アリス:「キツネさんが言いたいのは、会計も三日月と満月のように、部分をあたかも全体のように見せてしまう、ということですね」
キツネ:「そうです。財務諸表は、本当は丸い形である月の、光の当たっている部分だけを映し出しているのです」

観人:「それは、実務的な表現で、『オンバランス』と『オフバランス』ということだね」
テレス:「オンバランスとオフバランス?」
観人:「オンバランスとは、貸借対照表つまりバランスシートに載っている、という意味だよ。数値化された資産や負債で、いわば見えている三日月の部分だ。一方、オフバランスは、バランスシートに載っていない資産や負債。地球の陰に隠れて見えないけれど、たしかに存在している部分だ」
キツネ:「そういうことです。財務諸表は、数字で測れるものしか反映していませんが、それは会社の一部に過ぎません」
テレス:「会社は満月で、財務諸表は三日月…。地球の陰に隠れた黒い部分には何があるのか、それが気になります」
アリス:「三日月だけを見て人を判断してしまうことも、よくありますね」
大切なものは目に見えない
キツネ:「テレスさん、いい質問です。オフバランスの資産は、五つのレベルに分けて考えることができます。個人、組織、会社、社会、そして自然です」
テレス:「ちょっとむずかしそうですね」
キツネ:「いえ、簡単です。たとえば『個人のレベル』にあるのは、社員のやる気、経験、能力、技術など。つまり、個人の働く姿勢と保有する能力です」
テレス:「なるほど。それはたしかに大事ですね」
キツネ:「『組織のレベル』には、メンバー同士の共感や信頼、連携と協力、健全な文化、そして、時間の経過とともに蓄積された集合知などがあります」
観人:「それも、とても大事だね。どれだけ個人の能力が高くても、それがつながらなければ、会社は強くならない」
キツネ:「はい。そして『会社レベル』のオフバランス資産には、企業理念、優れた経営戦略、経営ノウハウ、それに取引先や社会からの信頼などがあります。こうした価値の形成には時間が必要であり、中長期的な視点で積み上げていく必要があります」
テレス:「でも、『社会のレベル』とか『自然のレベル』とかは、会社の外にあるものですよね? それが、なぜ会社の資産になるのでしょう?」
キツネ:「社会のレベルというのは、いわゆる社会資本のことです。治安、法律、教育、福祉、水・電機・道路などの社会基盤、知恵や文化、国に対する信頼、人と人との絆、そういったものです。こうしたものに恵まれているかどうかは、会社の価値を大きく左右します」
アリス:「たしかに。どの国で活動するかで、会社の価値は変わるでしょうね」
キツネ:「はい、そして自然のレベルも同じです。豊かな自然環境、四季の恵み、動植物の生態系。こうした自然資本に恵まれているかいないかも、会社の価値に大きな影響を与えます」

キツネ:「会社法も、会計基準も、フィクションである会社を可視化して、社会の機関として活用できるようにしました。そうして、社会も繁栄してきました。ですが、法律と会計の描く物語は、しばしばゆがんでいたり、全体の一部に過ぎなかったりします。そのゆがみに気づき、修正していくのは、人間の感じる力と考える力だと、私は思います」
観人:「私は、そのどちらも、足りなかったかもしれない。長い間、ずっと決められたルールを当たり前だと思い、それをどう使うかばかりを考えていた」
アリス:「『大切なものは目に見えない』。あの有名な『星の王子さま』に出てくるキツネのセリフですが、あのキツネは、もしかするとあなただったの?」
キツネはただ微笑むだけで、アリスの言葉には答えようとしない。
キツネ:「ルールや制度に頼り過ぎると、大切なものが見えなくなるんです」
(第二章続く)
まとめ
第二章 会社とは何か ~その二 三日月と満月
- 財務諸表は、数値によって会社を可視化している
- 損益計算書は『何をしたか』、貸借対照表は『どんな人か』、キャッシュフロー計算書は『生きる力』を表している
- 財務諸表は、数値化できない会社の価値は表していない
- 会社の真の価値は、オンバランス(財務諸表に載っている資産)とオフバランス(載っていない資産)の両方を合わせたものである
- オフバランスの資産には、個人・組織・会社・社会・自然の五種類がある
- 大切な、目に見えないものを把握するのが、人間の感じる力、考える力である