HOP Library #4 「それをお金で買いますか – 市場主義の限界」 (マイケル・サンデル著、鬼澤忍訳、早川書房、2012年)

「世の中にはお金で買えないものがある。だが、最近ではあまり多くはない。今や、ほとんどあらゆるものが売りに出されているのだ」。そんな書き出しで始まるこの本は、以下のような具体例を次々挙げながら「市場勝利主義」の価値観が人間と社会の隅々に行き渡った現代社会の世相を興味深く、分かりやすく描き出している。

・刑務所の独房の格上げ:一晩82ドル

・インドの代理母による妊娠代行サービス:6,250ドル

・主治医の携帯電話番号(コンシェルジュドクター):年1,500ドルから

・ダラスの成績不振校の生徒が本を一冊読む報酬:2ドル

・名門大学に入学する権利:?

 

市場の領域の拡大が社会にもたらすものは不平等と腐敗だとサンデルは言う。社会の中で売り物になる領域や対象が広がれば広がるほど、お金のないことがハンディキャップになり、不平等と格差が拡大する。また、子供に本を読ませるためにお金を渡したり、学力ではなく寄付金の代わりに大学の入学資格を与えることは、読書や大学の持つ本来の価値を腐敗させる。中学生でも当たり前に感じる懸念に、より分別があるはずの大人たちが目を瞑ってきた原因はどこにあるのだろうか。

 

2008年のリーマンショックで資本主義と市場の暴走を懸念する世論は大きく高まったが、あれから14年が過ぎ、その懸念はSDGsや環境保護のテーマに継承されてはいるものの、本書が提起する本質的な重い問い掛け―「市場がふさわしい場所はどこで、一定の距離を保つべき場所はどこか」―を公的言説の場で議論する声はほとんど聞かれない。

 

経済学者と市場経済は、この半世紀の間に道徳と思想を社会から締め出すことに成功したが、私たちが公的言説を通じてサンデルの問いに真剣に答える努力をしなければ、経済と市場はますます膨張を続け、いずれ社会から人間そのものを締め出すことになるだろう。経済と市場に支配されない知恵こそが、何よりも21世紀のビジネスパーソンに求められるビジネススキルにちがいない。

 

(岩崎)