教育の現場とマネジメントの現場。
一見異なるふたつのフィールドに身を置きながら、「一人ひとりがイキイキと生きられる社会を創りたい」という思いを共有するふたりがいます。
清泉女子大学の地球市民学部で教授を勤める安斎徹先生と、HOPの畑敬子氏。SNSでの偶然の出会いから10年近く、安斎先生が大学を移るたびに授業に呼ばれるなど、気づけば「持ちつ持たれつ」と笑い合える間柄になっていました。
今回は対談シリーズの第一回目として、安斎先生と畑敬子氏のおふたりに登場いただきました。
本記事は、カンパニーエディター(エドゥカーレ)が取材・編集を担当。
ふたりがどのように共鳴し、共に何を目指していきたいのか。話す中でじわじわと明らかになる時間でした。
取材・編集/エドゥカーレ
19回は、まだ序盤戦
──:
今回は、畑さんと安斎先生の対談ということで、まずは畑さんから安斎先生をご紹介いただけますでしょうか。
畑:
6月29日に、私が今通っている多摩美術大学のビジネススクールの取り組みで、女性のキャリアについてのイベントを開催し、安斎先生に登壇いただきました。そんなタイミングもあって、今回お話を伺いたいと思ったんです。
安斎先生は長らくビジネスの世界にいらして、元信託銀行員で海外赴任もされたり、銀行でも様々なお仕事をご経験されてきました。そのなかで大学の先生を志し、大学院で学び直して大学教授になられて、今に至る、ということですよね。
安斎:
そうですね。企業では営業・事務・企画・海外・秘書・人事・研修など様々な業務を経験し、やりがいのある日々を送っていました。
40歳代半ばのサラリーマン時代から大学教員を志し、公開されている教員募集に応募して。当時は一般的に大学教員に求められる、①博士の学位、②大学で教えた経験、③一定数の論文執筆、という条件を満たしておらず「連戦連敗」の状況でしたね。無謀な挑戦なのかなと悲観したこともありましたが、一喜一憂せず100回応募してダメだったら諦めようと思っていました。
結果的には19回目に初めて面接に呼ばれ、幸い教員になることができました。100回は挑戦しようと思っていたので、19回はまだ「序盤戦」だったんですよ。受け入れてくれた大学と、キャリアチェンジに賛同してくれた家族には感謝しかありません。
畑:
安斎先生が教員を目指した、その志の根っこというのは何だったんでしょう?
安斎:
きっかけは、会社員時代の先輩が公募で高校の校長先生になったことでした。そんな人生があるんだって、そのとき思って。新鮮な気づきでした。
それまでは、当時勤めていたのは金融機関で一生働くイメージを持っていました。だけどその出来事を通して、自分のキャリアに主体的に責任を持ち、意識と行動を通じて自らのキャリアを築いていく気概が必要ではないかと気づかされたんです。
ただ、当時の自分にはまだ付加価値が足りないと思ったので、もう少し勉強しようと、産業カウンセラーの資格を取ってから大学院に入りました。働きながら大学院に通うなかで、象牙の塔に閉じこもることなく、社会の中で精力的に活動している魅力的な先生方とたくさん出会い、その人たちみたいになりたいと思いました。
また様々な部署での経験を通じて「人を育てる」ことに喜びを感じていました。事務セクションで人材育成に奔走した結果、「いつも一人ひとりに優しく細やかな気遣いをかけていただき感謝しています」「入社以来、一番分かり合えた上司でした」「会社に来るのが楽しくなりました」と書かれた色紙を貰ったことがあって。感激しましたね。金融機関に勤めてはいましたが、大学院の授業を通じて、人生を振り返ると自分の関心は「お金」にはなく、「人」にあることに気づいていったんです。
それらが合わさって「人の成長を支援して笑顔を増やしていく」ことが自分のミッションであると自覚し、今につながっています。
出会いは、SNSからだった
畑:
私も通学は週末だけですが、仕事と学業の両立ってこんなに大変なんだって実感しているんです。安斎先生も銀行員をしながら通っていたわけですよね。どうだったんですか、その頃の生活は。
安斎:
大変でした。経営統合とか制度改正とかいろいろ重なったのもあって、激務の合間を縫って夜からキャンパスに通うのはとてもハードでした。ただ、肉体的にはきつかったんですが、精神的には楽しかったですね。夜になると、昼とは違う異世界に入っていくような感じ。会社員でいるだけでは知らなかった人や世界が世の中にはあるのだということに、たくさん気づきました。だからこそ、肉体的には苦痛でしたけれど、精神的にはむしろ解放されていったような気がします。
日常業務を通じて、会社の論理と個人の尊厳がぶつかり合う場面が多々あり、モヤモヤする気持ちが当時あって。大きな視点で物事を眺められるようになったのは大学院のおかげです。
畑:
私も、最近はこの試練はなんだろう?と思うくらい、仕事も忙しいなかで学校に通っていまして。出張から最終便で帰ってきて、次の日の朝からずっと大学、提出期限ギリギリでレポートを出す。それの繰り返し、みたいな生活をしています。
ですが、先生が言われるように、心は満たされているというか。こんなにいろんな人たちに会えるんだ、話が聞けるんだっていうことを、「生涯学習」なんて簡単な言葉で片付けられないと思うぐらい、学びが楽しいなと実感しています。
私と安斎先生が初めて出会ったのは、群馬県立女子大学でしたよね。19回目で合格されたところ。それから、目白大学を経て、今は清泉女子大学。最初は安斎先生からコンタクトを取ってくださったのを覚えています。
安斎:
そうですね、メディアを通じて寺田倉庫に関心を持つようになり、SNSで畑さんを知って。面白そうだなと思ってこちらから連絡したのがきっかけでしたね。
型にはまったふりをして、殻を破れ
畑:
男性が、女性が、と言いたくないと思っているけれど、やはり女性は出産という特性があり、日本という国での女性の位置づけや慣習みたいなものも含めて、働く上では結構大変なことがある。
安斎先生が女性のキャリアについて研究されているように、女性という切り口は私もすごく大切だと感じています。最近も、何人か悩める女性たちが私のところに来て、キャリアの話をしてくれたんです。育った環境とか社会情勢とか、個の事情だけではない、いろんなことが影響している。日本特有の女性の生き方・働き方は、窮屈だし、個の能力や可能性を見るともったいないなと感じることも多いんです。
安斎先生のゼミはすごく面白いですよね。企業とコラボレーションして、学生が色々なことにチャレンジしている。
安斎:
私が所属しているのが、日本で唯一の地球市民学部という学部です。一言でいうと「社会課題を解決できる人」「未来を創り出す人」を生み出す学部です。
ゼミの話に移ると、ちょうど6月14日に着物のファッションショーを開催しました。着物文化を守るために、着物の生地を使った素敵な洋服を作っている女性起業家のブランドから、ファッションショーを清泉女子大学で実施できませんか?という打診があったんです。
場所をただ貸すのではなく、学生主体でやりましょうということで、「女子大生による女子大生のための着物DRESS SHOW」という企画を提案し、快く受け入れていただきました。Z世代の学生が着物生地の洋服をどう表現するか楽しみだったんですが、期待以上の成果で感動しているところです。今後はその様子を動画にまとめて、世界に発信していくことを目論んでいます。

畑:
すごく本格的なファッションショーですね。
安斎先生のゼミって本当にいろんなことをやってらっしゃって。それは学生たちが社会に出て活躍できるように、という意味があるのでしょうか。
安斎:
もちろんそういった意味もあります。10年後の活躍をイメージし、大学時代にどんな経験をするのがよいか思案しています。言わば未来価値の最大化が目標です。
ともすると仲のよい友人と一つひとつのことを丁寧にやりたいと学生は考えているのですが、安斎ゼミでは同時並行で複数のプロジェクトに取り組んでいます。グループのメンバーも定期的に入れ替え、リーダーも輪番で交代します。プロジェクトごとに、リーダーとフォロワーを体験する訳です。
リーダーとして色々なことに悩むのですが、リーダーの悩みの大半ってフォロワーが原因であることが多い。そうすると、一方でフォロワーである自分は何ができているのかということを問い直すことになる。期限のあるマルチタスクをこなしながら、リーダーとフォロワーを同時に体験することが人の成長を促すという信念で、こうした手法に辿り着きました。
実は企業にいたとき、近頃の若手社員って素直だけどおとなしくて覇気がない、みたいなイメージを抱いていました。ところが大学という現場に降り立ってみたら、学生は多種多様な可能性を秘めていて、前向きで積極的だったんです。「実は企業の方に責任がある」ということに気づきました。要は、無限の可能性のある学生を型にはめているのは、企業の方なんだと。
学生に言っているのは「会社は『殻を破れ』と言いつつ型にはめてくるので、型にはまったふりをして殻を破る人になってほしい」ということですね。
畑:
勝手ながら、学生と先生、お互いにとってすごくいい相乗効果があるゼミなのではないかなと感じました。ところで、企業とのコラボ案件はどうやって探すのですか。
安斎:
基本的には「飛び込みセールス」です(笑)。テレビ、新聞、雑誌や参加したイベントなどで面白そうな案件があったら、地道にコンタクトしています。「お客様窓口」に「初めまして・・・」と連絡して。ほとんど無反応ですが、それでもたまに繋がることがあります。
最近では、企業サイドから「安斎ゼミと組みたい」というお話もあり、感謝しています。プロジェクトは、社会的な意義と学生の興味関心を勘案して探しています。何よりも学生の成長に資するかどうか。それが非常に重要だと考えています。
一方で、企業が人と時間というリソースを割いてくれるためには、何かメリットがないといけない。そこは当然意識しています。サラリーマンとして顧客の問題解決に奔走していたので、その時の経験が確実に役に立っていますね。
最初が「観察」であること
畑:
地球市民学部というのが、具体的にどんな学びをするところか、もう少し聞かせていただけますか。
安斎:
大学1年目に「モノの見方・考え方」を教える授業(授業科目「地球市民としての思考と表現」)を行っています。正解のない時代にどのような教育をすればよいのかを模索し、世界のエリートが入りたい大学として注目を集めた、アメリカのミネルバ大学の教育手法を参考に、地球市民学部で作り上げたユニークな授業です。
これから知識は陳腐化していくので、まずモノの見方・考え方を1年次に伝授し、そのうえで知識と経験を乗せていきます。「現場」での体験を重視し、「教室を飛び出す学び」が盛んなのも特徴の一つです。2025年度はマラウイと韓国、2026年度はルワンダとメキシコでフィールドワークを実施します。女子大学というと「お嬢様学校」のイメージがあるかもしれませんが、とてもアクティブな学部です。
最近、安斎ゼミでコンテキストによって意味が変わることを考えました。「ヤバい」や「面白い人だね」にはいい意味と悪い意味があります。「月が綺麗ですね」も、夏目漱石流には「I love you」という意味になります。
あるとき、「ジブリ映画におけるリーダー」というアンケートで、トトロが第4位になっていて、ずっと違和感があったのです。それで、リーダーという観点でトトロを見る、という授業をやりました。そうすると、ふかふかの安心感とか、自走を促す絶妙な距離感とか、ワクワクを楽しむチカラとか、そういうことがある意味リーダーシップのスタイルとも言える。考え方次第で、見えないものが見えてくる訳ですね。
畑:
おもしろいですね。人事の寺子屋も、最初は「見ることを考えること」というテーマなんです。多摩美の授業も最初が「観察」なんですよ。すごく共通点があると感じたんですが、これからの時代、「観察」や「ものの見方」はすごく大事ですよね。
安斎:
そうですね。知識だけが重要ではないということは間違いないと思うので。
よりよい社会に向けて
──:
教育とマネジメント、それぞれの視点から女性のキャリアや人の成長を見てきたおふたりですが、それぞれが考える「よりよい社会」とは何なのか、ぜひお聞きしたいです。
安斎:
一人ひとりがイキイキと生きていける世界、だと思います。それが現実的にはとても難しい社会に今はなっているので、複雑な方程式を解く必要があるのだと思います。
畑:
私は、一人ひとりが自分の意思を持って生きられるようになれるといいと思っていて。やっぱり日本は子どもたちの自死が非常に多いし、幸福度の調査でも日本の子どもたちはものすごく低い。だからよい社会にするために大人たちが未来を作ってあげなきゃいけないし、大人たちがイキイキと働いていなきゃいけないなと感じています。
安斎:
イキイキと生きるのはもちろんですが、一方で上手くいかないのが人生だったりする。どういう状況になっても「生き抜く力」みたいなものが必要だろうと思います。
様々な境遇に遭遇しながらも、自力で困難を乗り越えていく卒業生の奮闘ぶりに感動することも多々あります。生き抜くためのスキルみたいなものも実は必要で、教育としても授ける必要があるのだと思います。
社会には様々な問題が山積し、生きづらい時代であることも確かですが、「目の前の学生、そして卒業生がより幸せになるように力を尽くしていくこと」が自分の役目であり、その集積が社会をより良くしていくことに繋がると信じています。

一人ひとりがイキイキと生られる社会へ
安斎:
畑さんも自分も、立場は違っていても、きっとすでに同じことをやっているのだろうと思っています。目指す山は同じだけど、たまたま登っているルートが違うだけ、というイメージです。もちろんそれぞれの持ち場でやっていく中で、たまに重なり合うこともあり、そこは連携していきたいですね。
畑:
社会にはいろんな分断があって。行政がやっていることもいいことなんだけど、現実とはつながっていないこともある。だからこそ、私たちがいろんなことをつなげていく。
つながりを増やしていくことで、ネットワークが生まれ、それがよりよい社会への道筋になっていくんじゃないかなと思っています。
安斎:
緩やかなつながりが、縦横無尽にたくさんある方がいいと思います。学生同士のつながりもそうだし、卒業生たちが転職相談で集まってくれるのもそうだし。いろんなつながり、ノウハウをシェアしていくということが大事なのではないかな。
畑:
だってもう種が芽になって、いろんなところで活躍したり、失敗したり、いろんな人生を歩まれているんですよね。
安斎:
ゼミの卒業生の大半は企業に勤めていますが、在学中からアイドルになったり、20代で国会議員になった卒業生もいます。様々な苦労を乗り越えながら、卒業生がそれぞれの分野で輝いていることは教員としても嬉しいことです。
畑:
HOPは「強く美しい会社を作る」と言っていますけど、「強く美しい人を作る」ことも大切だと思っていて。困難があっても、強く、乗り越えられるしなやかさが必要だと思うので、そういった人が増えたらいいなと思いますね。
安斎:
「頑張り癖がつく」ことが結構いいなと最近思っています。もともと案件が多い安斎ゼミですが、新たな案件を取り込むか迷って学生に相談したところ、「やりしょう!」と即答してくれました。頑張れ頑張れ、と他人から言われるより、自ら進んで頑張る方が、その人にとってより良い人生を歩むための力になる。
閉塞感漂う社会や企業に少しでも風穴を開けられるような元気と勇気のある人材を育てていきたいと祈念していますが、その起動力は「頑張り癖」にあるのかもしれない。そんなことを考えています。
──:
「型にはまったふりをして、殻を破れ」。学生へ向けられたこの言葉は、組織や社会の中で日々奮闘する大人たちの胸にも深く響くのではないでしょうか。
社会には様々な課題や分断がありますが、畑さんと安斎先生のように、立場は違えど同じ未来を志す人たちが「緩やかなつながり」を持つことで、そこには確かな希望のネットワークが生まれていきます。
そんなネットワークがあることで、困難があってもしなやかに生き抜いていく人が増えていく。対談を聞いていて、そんな「強く美しい人」が溢れる未来への道筋を感じました。
おふたりとも、本日はありがとうございました。

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