9月のコラムでご紹介した、ディスカバリープロジェクトの西田明光さんがHOPに手紙を書いたきっかけは、一冊の本のあとがきでした。
「小さくても強く美しい会社をつくっていきたい」。そのあとがきを書いた岩崎春夫が、この11月に著書を出します。
『魔法使いの弟子たちへ』。副題は、「資本主義の呪縛を解くもう一つの会社の物語」です。

書き始めてから5年。何度も書き直して、ようやく形になった一冊。今回は発売に先立ち、前編・後編の2回にわたって、その中身について聞いていきます。
本記事は、カンパニーエディター(エドゥカーレ)が取材・編集を担当。
前編は、少し変わったこのタイトルを切り口にして、この本が何を意図したどんな本なのかを探ります。
取材・編集/エドゥカーレ
強く、そして美しく
── 最初に出版した『人間主義的経営』は、イタリア語の原作の翻訳でした。
岩崎 はい。HOPを立ち上げて間もない頃、自分たちが掲げる「強く、美しい会社」のベンチマークとなる企業を探していたときに出会ったのが、ブルネロ クチネリでした。ホームページを見て、思わず「これだ!」と叫び、畑さんとイタリアに飛んだのが2019年の暮れのことでした。そして、クチネリ氏の著書を翻訳し、2021年の春に出版したのが、『人間主義的経営』です。

── 今回はご自身の著書になります。
岩崎 はい。新著は『人間主義的経営』で伝えたかった「もう一つの会社の物語」を、HOPを始めたそもそもの問題意識とともに、より広く深く多くの人に伝えようと思って書きました。ただ、初めて自分で書いてみて、本を書くってこんなに大変なんだと思い知りました(笑)。それが一番の実感ですね。
── 「強く、美しい会社」とはどういう会社か、ということですね。
岩崎 人間にも、お金も知識も名誉もあるけれど、人としてはどうもね、と感じる人がいますよね。会社も同じで、強くなることばかりに必死で、佇まいの美しさを忘れた「強いが、美しくない会社」がものすごく多いと感じているんです。不正に目を瞑り、働く人たちを疲弊させ、格差を広げる。そういう会社が、社会をゆがめているのではないか。
HOPは強くて美しい会社をつくりたいと考えています。会社は人間社会を構成する極めて重要な要素ですから、いい会社が増えれば、社会もよくなっていくと思うんです。
なぜか、心に刺さってしまう本
岩崎 『人間主義的経営』を出した後、見知らぬ方からたくさんのお手紙やメールをいただききました。私は著者ではなく、ただ翻訳しただけなんですが、それでも多くの方々からメッセージを頂いて、本の力のすごさを実感しました。どちらかというと若い人が多いんですが、出版から5年以上たった今でも、ときどき読者の方からご連絡をいただいています
── それだけ、影響を受けた方が多いということですね。
岩崎 先日も出版社の方と話していて、なんでこんな本が売れたんだろうね、と(笑)。マネジメントの本なのですが、かなりつかみどころのない内容で、ある意味ポエジーのような本です。それが、思ったよりもはるかにいろんな人に刺さった。私にとっても想定以上でした。
ああ、みんなこういう本を求めていたんだな、と。会社の経営はこういう視点で見るのかとか、迷っていた心にグサッときたとか、そんな感想をくださる方が多いんです。
今回の本は、そのブルネロ・クチネリの経営を私なりに解剖したような内容です。彼の思想と経営は、すごく深くて、広い。でもクチネリさん本人は自分の経営を体系的には説明していないんですね。その広さや深さ、現代社会に与える意味の重要性がまだ十分伝わっていないと感じていました。
ドラッカーとクチネリのあいだ
── 帯には「ドラッカーからクチネリへ 空白の半世紀に橋をかける、希望のマネジメント論」とあります。
岩崎 私はドラッカーが大好きなんです。彼の本のおもしろさは、会社や経営を人間と社会の視点から論じているところにあると思っています。つまり、会社は何のためにあるのか、どういうマネジメントが人間と組織を活かすのか。ドラッカーが論じる経営はあくまでも人間と社会のためにであって、どうすればもうかるかではない。それも当然で、彼の経営論の出発点は、ナチスドイツの時代の全体主義、人間性の否定に対するアンチテーゼなんです。
ところが、そういう大きな視点から会社と経営を論じる経営学者は、その後あまり出てきていません。マイケル・ポーターの『競争の戦略』やエリヤフ・ゴールドラットの『ザ・ゴール』など、名著と言われる経営書はたくさんありますが、多くが「どうすればうまく経営できるか」「どうすれば成功するか」という説明です。つまり、結局は市場での競争に勝ち抜く知識や技術を説いているんですね。
その背景には、もちろん時代の要請がありました。1989年のベルリンの壁崩壊と社会主義国家の破綻、資本主義と市場経済の勝利という歴史的な出来事があり、グローバリゼーションとITの進化が加速して、経済の金融化と株主資本主義が広まったんです。
そこで問われるのは、競争に勝って企業価値を高めること。それは、株主にとっての企業価値なのですが。それが経営の目的だと誰もが信じるようになってしまった。
そこからだいぶ経って、ブルネロ・クチネリが登場しました。彼はドラッカーの「人間と社会のための会社」という思想を、ソロメオ村というイタリアの片田舎の村で、理論ではなく実践によって示したのです。ドラッカーとクチネリのあいだには、社会が市場化していった空白の半世紀がある。この本は、そこに橋をかける本だと受け取っていただけるといいなと思っています。
── ドラッカーは知っている人も多いですが、それにくらべるとクチネリさんの知名度はまだ低いですよね。
岩崎 クチネリって誰?と(笑)。でも、ドラッカーと並べることで、クチネリさんの経営が実践していることの意味が見えてくる。知らないことで引っかかってもらおうという仕掛けです。
止め方を忘れた箒
── タイトルにも、インパクトがありますね。
岩崎 経営書なんですが、ファンタジックなタイトルなので、これでは何の本だかわからないと最初はいろんな人に反対されました(笑)。でも私は、このタイトルにはこだわりました。
そして、読んで欲しい読者に届くようにと、副題や帯で何の本かが、直感的にわかるようにしようと考えました。それが、副題の「資本主義の呪縛を解く もう一つの会社の物語」であり、帯の「資本主義は止め方がわからなくなった魔法の箒である」です。
── なるほど。『魔法使いの弟子たちへ』と、最後に「へ」が付いていますが、これは誰への呼びかけなんでしょうか。
岩崎 「魔法使いの弟子」の話は、多くの人がご存じかと思います。原典はゲーテの詩で、魔法使いの師匠が留守のあいだに、弟子が勝手に魔法を使って箒に水を運ばせた。そうしたら、箒を止まらなくなってしまって、家中が水浸しになってしまったという話です。有名なディズニーのアニメ『ファンタジア』でミッキーがこの弟子を演じていて、私も子どものころにこのアニメを観て、すごく印象に残っているんです。
本の帯に書かれているように、魔法の箒を誰も止められなくなってしまったというのが、このタイトルの意味です。競争、獲得、成長、利益、株主価値。そういう呪文をかけられて、みんなが必死に走り続けている。
その結果、いったい何が起きているか。経営者と一般従業員の報酬の差は、アメリカでは300倍かそれ以上と言われています。普通の人間の常識で考えたら、ありえないことですよ。でも、それは市場原理に従ったまでで、社会の市場化という大きな仕組みの中に組み込まれている。
アメリカは極端ですが、日本もアメリカの後を必死に追いかけてきたので、トレンドとしては同じです。100兆円を超える資産家もいれば、食べ物を買えずに死んでいく貧しい子どもたちもいる。自然環境の破壊、働く人たちの心の病、繰り返される企業の不正や不祥事も、根っこは同じです。
もちろん、会社は利益を上げなければなりません。きれいごとだけでは、経営はできません。
ただ、株主のために稼ぐ、競争に勝つ、獲得するということに気持ちが向かい過ぎて、本来の会社の目的を見失ってはいないか。なんのために働いているのかがわからなくなっていないか。
会社がゆがんだら、社会はゆがみます。みんなが魔法をかけられて、しかもそのことに気づいていない。この本は、私自身も含め、現代社会の魔法使いの弟子たちへの呼びかけなんです。
観人は、私の同世代人たちの分身です
── 岩崎さんご自身も、会社員としてその空白の半世紀を歩いてこられました。
岩崎 第1部には、社会の市場化が進んだ時代の象徴的な出来事がいくつか出てきます。主人公の観人は、長年、企業社会の最前線で世界を相手にビジネスをし、そうした大波の中をそれなりに泳ぎ抜いてきた。でも、豊かになるために夢中で働いてきたはずなのに、格差はどんどん広がり、人々は疎外され、社会の分断が進んでいる。観人は、私の同世代人たちの分身なんです。
その観人が、時空を超えた暗闇に迷い込み、紀元前4世紀のアテナイからやって来た2人の若者と出会い、語り合う。そしてその会話に、人類の知恵の象徴であるキツネが加わり、会社、働くこと、マネジメントの意味について哲学対話を重ねる中で、観人に見えていなかったもう一つの会社の物語が姿を現す。
『魔法使いの弟子たちへ』はそんな話です。読者一人ひとりの中でイマジネーションが広がっていくよう寓話の形を採っていますが、図表をたくさん使って抽象概念を構造化しており、本質は実践的なマネジメントの本なのです。
── なるほど。舞台設定や登場人物にも、いろいろな意味が込められているようですね。では、実際にどんなことが書かれているのか、このあと具体的な本の中身について伺っていきたいと思います。
(来月に続きます)
魔法をかけられていることに気づかないまま、あるいは気づいていても呪文を解けずに苦しみながら、走り続けている人たちへ。私たちはみな、「魔法使いの弟子」なのだ。
タイトルには、そんな意味が込められていました。
では、その呪文はどうすれば解けるのか。岩崎はその問いを、時空や世代を超えた哲学対話を通じて解き明かそうとしています。
来月の後編では、物語に仕掛けられたいくつものメタファーの意味と、その先に見えてくる「もう一つの会社」の姿について深掘ります。
『魔法使いの弟子たちへ 資本主義の呪縛を解く、もう一つの会社の物語』
岩崎春夫 著
【出版社】ブックダム
【発売日】2026年11月9日
【価格・判型】2,640円(税込)四六判
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